善意を中抜きされた話

私は小学6年生まで自転車に乗れなかった。

いや乗らなかった。

小学校へ入学するくらいの頃には両親も必要だと思ったのか、子供用の黄色い自転車を購入してはくれたのだが練習段階で恐怖心を持ってしまい、それから5〜6年は駐輪場で埃をかぶっていた。

父親が自転車の修理を仕事にしていた時期があった為、定期的にメンテナンスはされていたがそれでも持ち主に乗る気がない自転車は埃にまみれていった。

ある日、誰かの何気ない一言「自転車乗れるでしょ、これ貸してあげるよ」に恐る恐る数年ぶりに自転車に跨り、無事乗れた時は笑った。

無事自転車デビューを果たし、今までの時間を埋めるように汚ねえ自転車を毎日乗り回していたが父親が「ちょっと今だと小さくない?」と買い替えを勧めてくれたので、新しく大人用の自転車を買ってもらった。

父親は不要になった自転車の処分方法について悩んでいた。狭いマンションの駐輪場に我が家が2台も置いていると他の住民の迷惑になってしまうが、新しい自転車の購入店では引き取りにかなりお金がかかる為断ってしまったのだ。

そこで幼少期からパソコンを買い与えられ、親の名前でエロサイトに登録したり匿名掲示板でくだらないスレにゲラゲラ笑っていた中学生の私が、「ネットで欲しい人探してみるわ。」と当時のジモティーのようなサイトに(大まかな住所、子供用の小さい自転車である事、色、送るのは難しい為指定した場所で鍵の受け渡しができるという条件)で書き込みをした。(危なすぎる)

数日後、子持ちの母と名乗る女性から引き取りたいと連絡をもらい場所を近所のスーパーの駐輪場に指定し自転車を渡すことになった。

できる限り父親が汚ねえ自転車を拭き、メンテナンスやタイヤ交換をして当日を迎えた。

スーパーの中でダラダラ時間を潰したあと指定した時間に自転車置き場で待機していると、小学校低学年の子供を連れた若い母親がやってきた。

「ほんとありがとねー、ジュースとかいる?タダでもらっちゃうしお礼だよー」

ご好意に甘えてフードコートのような場所でジュースをいただくことにした。


当時住んでいた地域はあまり治安が良くなかった。

車上荒らしは月1回のペースであったし、海外からの労働者がたくさん住んでいた。その子供に虐められたりもした。

団地の子供達は猿のような知能だったが、タバコと酒は大人と同じように嗜んでいた。


フードコートで少し談笑し、買ってもらったジュースを飲み終えじゃあ例の品を、と自転車置き場に向かう。

自転車置き場の目と鼻の先で、それは起こった。

国籍不明の男性が、体格に合わない黄色い自転車に乗り猛スピードで自転車置き場から出てきたのだ。

まだ何が起こったか把握しきれていない私は自転車置き場に向かう。

あったはずの汚ねえ自転車がない。

鍵はある。しっかりかけてから入店し、先に母子に渡してあった。

自転車にもともとついている鍵のみだと壊されて盗まれやすいと聞いたことがあった、えっでも今?

「え?じゃあ今の…」

女性もなんとなくおかしいと思っていたのだろう。私の顔を見てすぐに察したらしい。


スーパーの自転車置き場に、知らない女性にただジュースを買ってもらった女子中学生と、知らない女子中学生にジュースを買い与えゴミをもらった母子が呆然と立っていた。